昨年12月末の「週刊文春」に始まる広河隆一氏に関する報道を受けて、映画『広河隆一 人間の戦場』の制作者と配給は、関係者からできる限り情報を集めながら、その対応について製作元を交え協議を重ねてきました。
ここに、監督、プロデューサー、配給、それぞれのコメントを掲載します。
なお、私たちのコメントの発表は、2月20日に発売が予定されていた月刊誌「DAYS JAPAN」最終号の調査・検証記事を待って行うつもりでいました。しかし、同誌の発売延期が決まったため、それを待たずに発表することにしました。
2019年2月19日
今回の「週刊文春」で始まる一連の報道を目にして、スタッフ一同、愕然としています。
事態が流動的な中で、コメントを出すべきか、思い悩んでいましたが、監督として、映画を観てくださった方、上映にあたり応援してくださった方に対して、今、この作品について考えていることを、この場をかりてお伝えします。
映画「広河隆一 人間の戦場」は、広河さんの取材現場、救援活動の現場に同行し、そのジャーナリストとしての足跡を描いたものです。
取材当時、私たちが目にしてきた広河さんの姿と、今回報道された内容はあまりにもかけ離れたものだったので、強い衝撃を受けています。
この映画では、広河さんの言葉でもある「ジャーナリストである前に、一人の人間として」、世界に対して何が出来るのか、彼の取材活動や救援活動を通して、問いかけました。
報道された内容が事実であれば、そのことは厳正に対処されるべきであり、取材当時とは大きく状況が異なる今、映画のテーマも、説得力を欠いたものになったと言わざるを得ません。
映画を観てくださった方や、上映を応援してくださった様々な方の今の気持ちも思うと、本当に悔しくて、残念でなりません。
今は上映の予定はありませんが、昨年末の報道が出て以来、この作品の取り扱いについて、関係者と話し合いを続けています。
様々な意見が出ましたが、監督としては、この映画を封印し、全てをなかったことにするという考えには至っておりません。
映画の中には、取材に協力してくださったパレスチナやチェルノブイリ、福島の人々の現実とその声が刻まれています。
今後上映されることがなかったとしても、一つの時代の記録として、必要な時に立ち戻り観ることができるように、保存だけはしておきたいと思っています。
監督 長谷川三郎
広河隆一氏と私の付き合いは30年以上に及びます。
私が所属するドキュメンタリージャパン(以下DJ)が、ある番組で中東取材のコーディネートをお願いしたことがきっかけで、その時が初対面だったと記憶しています。
以来、私やDJのスタッフから氏に対し、番組出演やコーディネート、番組制作などの協力を依頼するという付き合いが数回ありました。
最近では放送局からの要請で、氏が出演する番組にDJスタッフが演出協力もしています。
その間、私も氏と付き合いのある10人近いDJスタッフも、今回の「週刊文春」に始まる一連の報道にあったようなことはまったく知らず、私自身はといえば、氏はシャイで女性に対しては堅物だと信じこんでいました。
ですから、この一連の報道は、私にとってもDJスタッフにとっても青天の霹靂でした。
私個人は雑誌「DAYS JAPAN」で連載していたこともありますが、そのやりとりは編集者とのメールで行われていたため、報道されているような編集部内での酷いパワ-ハラスメントの姿を知る機会はありませんでした。
私は、20代からテレビ番組の制作の現場で生きてきました。
いまとは異なり、女性の数も少ない時代です。女性であること、放送局より弱い立場にある制作会社のスタッフであることによって直面したパワ-ハラスメント、セクシャルハラスメントは少なくありませんでした。
それゆえに、私はDJでは女性の現場への参加を積極的にすすめ、当時ではめずらしく、女性が制作現場に多い制作会社といわれました。まずは女性の数を増やし、女性が声をあげやすい環境を作ることが大切だと考えた結果です。
また、十数年前からDJにセクシャルハラスメントの相談窓口を設け、スタッフの個別の相談に応じる体制を作り、対応をしてきました。セクシャルハラスメントとパワーハラスメントは密接に関わる問題であり、特に制作会社の女性が被ることが多いことを実感していたからです。
今回の報道を受け、人間は多角的な側面を持ち、一様ではないと改めて思い知らされました。
告発されているような、性暴力やパワ-ハラスメント行為を繰り返していた顔を、氏が私やDJスタッフに見せることは一度もありませんでした。
さまざまな方が、実は今回のことを知っていた、あるいは噂を聞いていたとコメントしているのを見聞きし、驚いています。
もし、そのことを知っていたなら、私自身の若い頃からの考えや経験から、氏との付き合いを絶っていたと思います。
10年前、福島菊次郎さんの映画を作るときに、写真のことなどで氏に協力してもらった経緯もあり、「DAYS JAPAN」を支援する会社から映画「広河隆一 人間の戦場」を作らないかとの打診があり、DJが制作を委託され、私がプロデューサー、長谷川三郎が監督という形で引き受けました。
昨年末にいたるまで、氏に裏の顔があることにまったく気づかないまま、映画の制作、公開は行われました。もし気がついていたら、映画をそのまま完成させ、上映することはなかったと思います。この映画により、傷ついた女性がさらに辛い思いをした可能性を否めないことや、映画を見てくださった多くの方の現在の気持ちを考えると言葉が見つかりません。
このようなハラスメントにより、苦しむ女性が二度とあらわれない環境をどうすれば作れるのか、傷つかれた方々に思いを馳せながら、微力ですが自分なりにできることをしていきたいと思います。
2年近い制作期間中に、なぜ気づくことができなかったのだろうか、取材対象者である氏との関わりにおいて、どうしたら見抜くことができたのだろうか。ドキュメンタリーの制作過程とそのはらむ危うさについて真摯に考え、スタッフと共に答えを探しています。
プロデューサー 橋本佳子
合同会社東風は、2015年にドキュメンタリー映画『広河隆一 人間の戦場』を配給しました。また、東風の代表をつとめる木下繁貴とスタッフの渡辺祐一は、2008年に当時在籍していた株式会社バイオタイドで、広河隆一氏が監督したドキュメンタリー映画『パレスチナ1948・NAKBA』の配給協力を担当しました。
どちらも一人でも多くの人に観てほしいと思い、配給した映画です。しかし、昨年12月の「週刊文春」にはじまる一連の報道で、広河隆一氏による性暴力とパワー・ハラスメントを知ったいま、私たちが行ってきた配給という行為の是非について、思い悩んでいます。
なぜなら、私たちが2本のドキュメンタリー映画を劇場公開したことが、広河隆一氏による被害を拡大した可能性、そして被害を訴え出ることが極めて難しい環境をさらに強化した可能性を否定できないからです。
知らなかったこととはいえ、その責任の一端は私たちにあると考えています。ならば、どうしたらそれを引き受けることができるのか。これまで東風のスタッフ全員で話し合いを続けてきましたが、いまだ明確な答えを見つけられずにいます。傷つけられた方々のお気持ちを想像し、忸怩たる思いを抱えています。
映画作品がおかれる文脈がこのようなかたちで変わってしまった以上、私たちが積極的に上映や上映の呼びかけを行うことはありません。けれど一方で、たいへん申し上げ難いことですが、作品への最低限のアクセシビリティだけは確保したいとも考えています。この葛藤する二つの考えをすぐに架橋できる言葉はありません。そのこともまた、申し訳なく思います。
本件について、今後も東風のスタッフ全員で話し合いを重ね、映画を配給するということの責任と向き合ってまいります。
合同会社 東風